私達の主観になりますが、以下は裁判の感想です。
今回裁判を初めて傍聴して思ったのが、裁判というのは、
どう嘘をついてうまく罪を逃れられるか弁護士が考えて、ただ、被告はその場で嘘をどう隠しどう繕うか弁護士の指示に従う…、
そして検事は嘘をどこまで見破って事件について深く追求出来るか…、
そういう事なのかと感じさせられました。
人間として最低最悪の場面でしかないんだ…という事です。
聖職であるはずの検察官の職務への怠慢さ。何よりも腹立だしく思いました。
トラウマやPTSDを理由に減刑を認めるのは、精神疾患に苦しみながら反社会的行動を行わずに生きている多くの人間に対しての偏見の助長になり兼ねません。
また、動物虐待からさらに凶悪な犯罪へ移行する恐れが高い事や、
動物を殺してもいくらでも刑を逃れてのうのうと暮らせる事を世間に公言したも同然である事などの責任を、
裁判官や検察は自覚しているのでしょうか?
司法に関わる人間がまず動物虐待について軽んじた考えしかないということがよくわかりました。
そして被告ですが、31歳という年齢でありながら、
示談金は親払い、親の監督下での生活と言っても、自宅ではなくわざわざマンションを借りての生活…
親から自立できていないのではとも思えました。同時に親のお金で解決した事にどこまで反省があるのかも疑問です。
被告も被告の父親も喚問中の受け答えは流暢であり、父親が面会という言葉でなく接見という言葉を使っていたのも、
事前に弁護人と綿密な打ち合わせの元に練習を積んだということをうかがわせました。
そして、怪我のことや相手の支払いが止まった事などに関しては声が大きくなり、
自分の犯した罪よりも、自分が被害者であるという意識の強さが現れている気がしました。
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